2000年05月01日

夢論(未完)

其れはいつもとかわらぬ浅い眠りだった。 私はいつものように不快な催眠状態へと送り込まれた。 恐怖と闇と絶望の世界、其れが現実だった。今日私は、夢について語ろうと思う。いつからは私は、二つの世界を認識するようになった。一つは夢と呼ばれる世界、もう一つは現実と呼ばれる世界。通常世間一般で言われる限りにおいて、我々が事実として認識している世界、それが現実。そして通常世間一般に於いて我々が虚空と言っている世界、それが夢である。この二つの世界は、はるか昔から現代に至るまで、我々、特に哲学者、心理学者に大きな論題を提供してきた。それはこの二つの世界の不確実性からなる議論であり、今また私を捕らえる議論でもある。  我々が現実の世界にいる時、我々はこれが虚空の世界であるなどとは全く言う事が無い。それは社会つまり我々の周りの全ての認識と共にある自分を知覚できるからであり、それはまた反抗することのできない大きな、其れでいて見えない力に作用されるからでもある。しかし同様に、夢と呼ばれる世界の内においても、我々はそれをゆめである事を規定する圧力に直面しないばかりでなく、それでいて其れを否定しようとするしようとする見えない力にも作用され得ない。夢と言われる世界は、其れをゆめであると明確に規定されないにも関わらず我々によってゆめであると規定される。それはひとえに、我々が現実世界に於いて夢をゆめであると語るに反して、夢の世界の我々は現実世界を明瞭にゆめであると語らないからである。  しかしまた、夢の世界が暗に現実を否定しようとしていることは、非常に明白である。夢と言う世界は、その存在自体が現実を否定する存在なのである。この非日常の世界は、我々が生きている人生に於いて、あり得ないとされる出来事を供給しているのでは無いかとすら思える。それは幸福かも知れない、あるいは絶望、悲しみ、崩壊かもしれないが、いづれにせよ夢と言う世界は、現実を肯定しない。 そう、二つの世界は対立している。私はこの二つの現実に踊らされる道化師である。
posted by Cotton at 02:01 | Comment(0) | 文学(composition) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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