2000年06月09日

告白

時は過ぎ、現実は長い年月を浪費した。 私も既に一人の大人となり、日々細々と生きている。 今僕は、あの頃を顧みる。 バラバラに砕け散った僕の心は、 少しずつではあるが正常な形を取り戻しつつある。 いまやっと自分は、逃げる事に精一杯だった自分を、 冷静に見つめる事ができるようになった。 あの時の自分をハッキリと思い出す事は出来ない、 ただ事実だけは、ハッキリと認識している。 僕はあの日、一人の人間を殺した。 今ここに、私の思うがままに、 あの日の事を告白しようと思う。 どうか、十数年隠し続けていたこの事の顛末を、 最後まで聞いてやってほしい。 この哀れな、一人の青年の物語を・・・。 あれはたしか昭和54年の事だった。 あの日の記憶、故里、茨木の古めかしい家々、 それに囲まれた我が母校、根岸中学校、 あの光景は、いまでも鮮明に残っている。 青い空、澄んだ空気、しなやかな緑 それを遮るコンクリートに囲まれて ぼくはいつものように窓際の席に座っていた。 かわらぬ日々と、移り行く季節の中で 彼等はいつものように、社会人たるすべを、学んでいる。 先生が正しいのは良く分かっていた。 それは自分の人生を豊かにする事も良く分かっていた。 けど僕には、それが出来なかった。 空気のようで、それでいて地球上に存在するあらゆる 物質よりも頑丈な障壁が、僕にはありありと感ぜられた。 公民権運動、ベトナム戦争、キューバ危機、 僕らの過去と、先人達の偉業が高らかに叫ばれ 鉛筆と教科書のバックミュージックが響き渡る。 その心地よい静寂。 遠くなる意識、木々のざわめき、青に映える雲、 あの雲は何処へ向かっているのだろう。 ふとそんな事を考えた。 次の瞬間には、雲と共に旅立っていた。 世界の果てには彼の故郷があって、 彼と僕はまだ見ぬその地を目指して、 少しずつ、少しずつ、日に日にゆるりと進んでいく、 幾つもの町並みがすぎ、幾つもの国々をこえた。 そして何時しか大陸をこえ、海をこえ、天界へと到達する。 この世界ではない何処かにある、植物と無機質の楽園、 僕は彼となり、僕は彼となった、 爽やかな感覚、甘く重い空気、見た事のない生物、 彼を通して僕は、彼等の世界を目撃する。 世界は意志を持ち、およそこの世に存在する全てのものが、 生命と呼ばれる宝をもっていた。 にわかには信じがたい光景が、幾度となく現れ、そしてすぎていった、 全てが新鮮で、衝撃的な出来事の連続だった彼との旅、 だけどそれは、一瞬の内の出来事だった、 僕は、彼の到達と共に目をさました。 間もなく、静寂はチャイムに掻き消された。 あくる日も、次の日も 僕は何処かに旅立つ事に熱中した。 それは例えば、 革命家であったり ミュージシャンであったり、 あるいはまた、ネコである自分が 熱狂的社会思想に燃え上がったり、 人類全てを涙に浸す言葉は生み出したり、 隣のネコに熱烈な愛を注ぐ物語だ。 旅は突然始まり、突然終わる、 それ以外は全て、僕の現実だった。 一日数回の大冒険、何時の間にか僕の習性になった、 もちろん試験は目も当てられなくなってしまった。 先生の中で僕は空気になり、 みんなは僕をさらりとも見なくなっていた。 それでも僕は、不思議と何も感じなくなっていた。 今まで感じていた不安とか孤独感とか、疎外感とか 何時の間にか消えてしまった。 夢は僕の救いだった。 たしかにそれは、決して文壇には登場しないような、 そしてまた、物語とは呼べないような、 僕の幼稚な創造力が生み出した いってみれば幻影だった。 だけど僕にとってそれは、 薄く、細く、今にも消滅しそうな自分が、 光り輝く揺るぎない存在となれる唯一の瞬間だった。 僕の中で何かが替わり始めていた。 何時の間にかこの世界というものが薄れていった。 現実は僕の目には映らなくなっていった。  いったい夢と此の世界、どちらが本当の世界なんだろう、  もしかしたら今の僕は、誰かの悪夢の主人公なのかもしれない。 思い始めるのに、時を必要としなかった。 夢と現実との区別がつかなくなっていた。 夢は現実の続きになっていた。 空気のようで、それでいて地球上に存在するあらゆる 物質よりも頑丈な障壁を、僕は自ら造り出していた。 誰も、ましてや自分さえも、そのような変化に気付いてはいなかった。 そしてついに、あの日を迎えた。
 
6月24日、 雲一つない青空が広がる、心地よい初夏の一日だった。 僕は初めて、悪夢を見た。 いつものように、僕は旅に出ていた、 しかし、その時の旅は、今までのそれとは大きく違っていた。 あの夢は、現実そのものだった。 いやそれ以上に悪夢だった。 夢の中の自分は、 現実の自分をさらに越えて不幸と呼ばれる境遇にいた。 自分は誰からも忌み嫌われ、 生命としての価値を完全に否定された存在だった。 誰も自分をいたわろうとはしなかった、 全ての人々は私を罵倒し、蔑んでいた。 僕はその世界の中を生きる事になった、 長かった、終わりはないものとも感じられた。 よもや私の表現能力を越えた、将に地獄だった。 そしてその舞台は、現実の僕が生きている世界だった。 全ての人々は、私を、私を、私を、否定したんだ。 母も父も、僕が頼った最後の人たちさえも、 もう耐えられない、僕は初めて、現実に戻る事を願った。 何よりも強く僕は念じた、強く、強く、この世界から解放される事を願った 突然、世界がかわったかに見えた。 僕はいつも僕の居た席にいた、 僕はもはやこの場にいる事は出来なかった。 僕は何もいわずに席をたった、 制止する先生を振り切って、学校を出た。 急いで家へ向かった、 温もりが欲しかった、 何かに包まれていたかった。 この世に僕がいるという事を誰かに認めてほしかった、 もう正常な思考は出来なくなっていた、 あれが夢であったという事を証明する何かが欲しかった 僕は自転車のペダルをめいいっぱい漕いだ、 はやく、はやく、はやく、 母の顔を見たかった、 家についた、玄関に入って靴を脱ぎ捨てる、 台所をすぎて母の部屋に入った。 そして僕は知ってしまった、 僕は彼女にとって邪魔な存在になっていた事を、、、 『母さん・・・・・・・、、』 そこにいたのは、母ではなかった、 一匹の動物だった、 『でていって、』 母という動物は、一言だけ言葉を発した。 もうだめだもうだめだ、もうぼくがぼくではなくなってしまう もうだれもぼくをみとめてはくれないんだ、 なんとかここまでたどりついたのに、だれも、だれも、だれも、、、 僕は僕で無くなっていたんだ。 それから先は僕にもよく解らない、 気付いたら、母は壊れた人形になって 僕の足下に転がっていた。 遠くからサイレンの音が聴こえてきた、 僕はやっと自分がした事を認識した。 僕が抱いていた幻想は、 圧倒的現実の前に平伏した。 僕はなぜ僕が自分の最愛の人であり、最大の理解者である彼女を 自ら手にかけてしまったのか、まだよく分かってはいなかったのだが。 僕は再び旅に出た、今度は現実という舞台で、母親殺しの逃亡者 という重荷を背負って、 僕は様々な出来事を体験した、 そしていまやっと、あの日、なぜ僕が母を殺したのか、 自分なりに解るようになった。

僕は今日、自首しようと思う。捜査本部は五年前に解散した。 だけど自分は、十五年後の今日 六月二十三日全てを白日のもとにさらそうと決心した。 もう二度と、このような悲劇が起きない事を願って。
posted by Cotton at 01:56 | Comment(0) | 文学(composition) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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