それは果たして幸せなのか、それはわからない。挑戦は苦難とともにあり、成長の先にも終わりはない。収穫は逓減し、膨大な年月がかかる。成長が人生の目的といえる人は、それを肯定するだろうが、しかしその苦行の日々は、私たちに何を与えてくれるのか。
前に進んで進んで幸せに生きる人と、地点に立ち止まって幸せな人たちがある。地点に立ち止まってとは、地に足をつけてともいう。地に足をつけるというのは、良い側面からとらえられがちであるが、この文脈から言うと、マイナスにとらえられる。
物事、相対するものである。
では、いい年になってふらふらしている人間はどうなのか?彼らはそれでも可能性に挑戦し続けているのではないか?やり方はちんけでようちで意味がないのかもしれないが、それでも成長を志向して進もうと努力しているのではないだろうか。
地に足をつけた人間はある意味飛躍を捨てた人間なのではないか、成長をあきらめた人間なのではないか、自分の出来る範囲にとどまろうとしている人間なのではないか。地に足をつけ、彼らの可能性は地上2mに限定された。
しかしそれは、逆に、もう一つの側面がある
いい年になってもがいている人間は、どんなに頑張っても80cmしか飛べないのに、遙か彼方雲を見つめている。しかし、地に足をつけた人間は、空には飛ばないが、見落としていた地を進むことが出来る。自分のフィールドを進むことが出来る。
所詮人間は、それ自体では何も出来ない。飛行機、気球、ロケット、なんらかの道具を作り出さなくては、空に届くことはない。それは自分の手では届かない。何らかの力が必要であり、誰かの助力が必要であり、過去から蓄積された知識が必要である。勉強とはそういうことであり、経験とはそういうことである。自分では思いつかない発想の原点を導き出し、個人を超えた地点へ到達するためのステップなのである。
身の回りに広がる蓄積を活用して、地に足をつけて、遥か彼方を見据えながらも、日々自分のフィールドを進むことができる人が、やっぱり一番成長していく。
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