2003年10月19日

本当の旅

旅をしたい。それは世に言う旅ではない。
ふといきたいときに旅に出る。そういうような旅をしたい。 別に観光地だからいくというのではない。たとえばふと、心の琴線にふれたような絵の舞台に行ってみるとか、テレビで見たすばらしい大自然を見に行きたいとか、そういう感覚的な直線的な感情が赴くままの旅をしたい。

それはむろん、難しい。

 だれもがしたくてたまらない。誰にも出来るわけではない。非常に難しい、難しい、難しい。だれしもエビアンを飲みたいからフランスにいくことなどできないだろうし、Monetの絵に感動したからといって睡蓮を見に行けるわけではない。

 人は束縛の中を生きている。社会、他者との調整の中によってのみほとんどの人間は生きる事を許されており、本当に自由を満喫出来る瞬間など実はほとんど無いとも言える。たとえ、自分が自由を感じていても、実は見えない意図で自己の発想は制限されており、自由とはほど遠い自由に満足している様に感じている自分を錯覚させる何かの力が、もしかしたら自分を操っているのかもしれない。

 それにしても、やはり自分の好きな様に行動する。それは最大の贅沢である。地位の高い裕福な人は社会的束縛と周囲の期待、社会的通念に縛られ、地位の低い者はお金と時間と自己の常識に縛られる。

 人生においてこれ以上の贅沢はないだろう。あまりにも贅沢。本来の財産の使い方はこんなものなのだろうと思う。自分はそれを目指したい。魂の自由を保ち、心の自由を保ち、社会における自由度を保ったまま生きていきたい。
 
posted by Cotton at 21:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 随想(essay) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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