たとえば産業革命のとき、都市に流入した労働者は、機械に取って代わられることにより職を失い、そして労働者の労働条件は非常に悪化した。 当時は買い手市場だったということである。労働者はあまっていた。別に経営者は条件を良くしなくても人はたくさん集まってきた。 たとえばサッチャー政権において政府はワークシェアリングを奨励し、契約社員のような不安定雇用を容認することにより労働力の過剰を緩和しようとした。
そのときも買い手市場だった。
逆を見てみると、CEOの給与がバブル化している現状はありえるのではないだろうか。要は経営に長けた人間が圧倒的に不足しており、それによって給与が高騰しているという言い方は、あながちまちがいではないといえるだろう。
日本の高度経済成長期は、ある意味バランスの取れていた時代であったのかもしれない。ほとんどの新卒はそのまま職を得て、そして最後まで基本的には豊かな報酬を得て生きていくことができた。
別に終身雇用年功序列だけが安定モデルではない。超流動状態においてはさらなる安定状態になるだろう。誰しもなんらのインターバルも無く自分のできることと完全に一致した対価を手に入れることができる。
無論、そのような状況がありえるはずはなく、不完全な流動状態に陥りがちである。そしてそのような不完全な流動状態は、雇用者側にメリットはあっても労働者側にメリットは無い。現状の問題点はそこにある。
ありえるわかりやすい話で言えば、情報の非対称性みたいな概念にも近い。会社は社内リソースから比較的簡単に必要リソース(人材)に資源(賃金)を投入できる。しかし労働者は自らのリソースを別の機会に簡単に投じることなどできようもない。動的に人の首を切るようになっても、企業側は比較的自由に自分の好きなように労働者を配置できるが、しかし労働者側は非常に大きな制約を受けて自分の好きな、自分の力を一番生かせる職場に移動することはまだ非常に困難である。労働者が自分にとって最適な場所に移動するのを容易にするのは非常に難しいし、労働者にとっての最適な場所と経営者にとって最適な場所は対立する。
そして労働者が権利を主張してがんばったとしても、大部分は失業が関の山である。
そこを勘違いしてはならない。現状の日本、別に米国でもいい、においてはこの体制は企業側にはかなりのメリットがあるが、労働者全体にとってのメリットは、少ない。現状の流動的な体制、すなわち企業が自由にリストラを行い、そして実力制と称して会社にとって価値のある労働者のみに対価を払い、それ以外の人間を疎外する体制は、本当に一部の人間にとってはプラスになるが、ある会社に束縛され、そして活躍の機会を与えられない労働者にとっては非常にマイナスである。
企業側にメリットがあるから、企業は積極的に導入する。悲しいが労働者はこの流れに購う事は出来ない。現状は労働力過剰状態であり、ここからしばらくは買い手市場が続く。現状の体制に文句を言ったとしても、文句を言わないほかの労働者に企業はアクセスできるために、文句を言う労働者は仕事にありつけないのである。
売り手にはコンピュータやロボット、そしてアジアの人々が加わり、書いてはさらに優位に立つことは間違いない。この流れを消すことは出来ないが、しかし人のため、人によって運営されている組織は、歴史と同じくして今回もまた人を不幸にしてしまう。
企業は企業の利益のために基本的には動く。近年の風潮としては少なからず労働の需要側と供給側に不幸な関係が生まれようとしているのである。不完全な流動状態では、多くの労働者は自分の能力を構築できないし、自分にとってもっとも価値ある職場に移動できることはまれである。
不完全な流動状態におかれた多くの労働者は、時間がたてばたつほどその市場価値を下げていく。別の自分の能力をもっと生かせる場所に移動しようとしても、そのリスクが高すぎて移動することができないでいる。
企業は、非常に短期的に業績を回復させるために、今まで自分が払ってきた多くのコストに目をつぶってでも、自社で育ててきた人材を切り捨て始めた。これから先、やはりまた人材は必要になるのだが、しかし企業はまずはスリム化するという非常に効果の出やすい、さらにいうと効果を約束された方法論をとるようになっている。
結果、日本においては「非常に」不完全な流動状態が生まれている。社会制度や教育制度がともなわないままに不完全な流動状態を企業主導で進めた結果、労働者にとって不幸にしかならない状況が今創出されている。
そのしわ寄せはさまざまなところに出始めている。もはや5%の失業率では誰も驚かない。多くの人間がまったく仕事が見つからなくなり、せっかくの能力を生かせないでいる現実に、多くの人間が麻痺し始めている。
大学教育への失望から、(日本の大学教育満足度は先進国49カ国中最下位)新卒枠はどんどん厳しくなっている。多くの人間が事後肯定で自分の行こうとしていた分野とはまったく関係のない分野に進もうとしている。
この一方にしかメリットのない方式が長続きするとは思えない。なんらかの変革が必要である。歴史上においては共産主義が生まれた。歴史上においてはストライキや労働組合など労働者の権利を守るための団体が大量に生まれた。
現状、これに類似した変化として考えられるのは人材派遣業や就職斡旋業であるが、しかしそれもまだ弱い。別に革命を呼べとはいわないが、しかし革新的な新しい労働と雇用のマッチングを実現する枠組みが登場する必要がある。
その登場なくしては、労働者はさらに厳しい条件下におかれるだろう。
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