2003年11月21日

インターネット以前のアンダーグラウンド

 どうもインターネットは悪者にされがちである。悪の温床になっているであるとか、犯罪の温床になっているとか、そういったネガティブな側面が誇張される場合もある。
 しかし別にインターネットが無いといってもそういったアンダーグラウンドな世界は世の常であり、探してみれば身近なところに存在しているものである。
 掲載した写真はあるスポーツ新聞から転載したものであるが、これは、果たして合法なのだろうか?間違いなくNOだろうと言い切れる自分は間違っているだろうか?
 およそ情報の流通をこれほどまでに容易にしたインターネット以前から、町には注目すればこういったアンダーグラウンドな情報は氾濫していた。アクセスしようと思えばこういった雑誌でもよく、もしくは伝言ダイヤルでも、電柱の張り紙でも、ポスティングされたちらしででも、アクセスは可能だったのである。

 「その絶対数は変わっていない。」

 私はそうおもう。こういった闇ビジネスに従事する方々はお金の可能性が有ればブランド価値やリスクを顧みず「試す。」その結果として初期からインターネットには実験的に参入したこれらの業者が散乱したのである。
 簡単な計算、こういった経済活動に従事する人間は40%がインターネットをすぐ利用したが、こういった経済活動ではなく参入する人間はもっと参加の度合いが少なくそれが結果として「インターネットが闇経済を助長した」とされるのである。

 これは別の文脈に沿っても言える。インターネットで自殺を決意する人間達が取りざたされるが、それはネットワークが容易にそのような情報を伝えることが出来るから少数のそのような情報が誇張されて伝えられるのである。「実数と実体はインターネット以前とそれほど変わっていない。」
 昔、メディアの報道を統計調査したことがある。「少年犯罪」についてである。センセイショナルな事件がメディアの熱意を駆り立て、一時的に記事はいつの時代も大量に増え、少年犯罪の深刻化を取り上げるが、しかし「メディアの報道と、犯罪自体とは、実体としての相関はない」これは有意を持って実証できた。

なぜにこのようなトリビアルな間違いをするのだろうか。
視聴率、部数至上主義がもたらしたメディアの破綻なのだろうか?

誤った見識を広げ、単調で、短絡的な意見に同意を求める。そのようなメディアに対して反抗したいとおもう。
posted by Cotton at 09:05 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感(diary) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ことさかさん、こんちは.
blog拝見しております.せっかくだから、コメント.

少数情報が誇張して伝わることによる錯覚 ということで
「利用可能性バイアス」
ってのがありました.
想起容易性、検索容易性、具体性によって 人間の記憶の中でも利用可能なものが不釣合いに大きな影響を与えてしまう ってもの.

   印南一路(2002)「すぐれた意思決定」,中公文庫,P165
推定死亡者数と実際の死亡者数の認知差を出したグラフが載ってます.(SFC生ならお馴染みの本.興味あれば、古本屋で探してね.)


まぁ、マスメディアの露出度やネットへの露出度が
どれだけの影響を持って、
出ないことがどのくらい隠せるのかってのは、
使いようでおもしろいことになりそうですよね.
Posted by Rie KAWANO at 2003年11月23日 17:46
コメントありがとうございます。
すぐれた意思決定―判断と選択の心理学 中公文庫ですよね。

想起容易性、検索容易性、具体性によってというのはすごくまとまっててわかりやすいですよね。利用可能なものが不釣合いに誇張される。というのはすごくキーワードだと思います。

醜聞やら事件やら裏側なんてのは非常に興味を持たれ流通し、想起容易性を持ち、検索容易性を持ちます。そして具体性も持つような気がします。

認知の差、これは怖い現実です。少なくともそれを意識し、時には利用できるようにしていく必要があるように思えます。

コメントに大喜びの作者より(笑)
Posted by cotton at 2003年11月23日 20:24
この話おもしろいですね。ふむふむと頷いてしまいました。なんだか当たり前だけど見落とす視点ですね。メディアへの危惧共感します。

この話に関係あることをすこし書き込ませて頂くと、少年犯罪の話があります。少年犯罪は増加していないのに、メディアに大きく少年犯罪が取り上げられるが故に、増えて凶悪化している印象をうけます。
参考:
http://www.geocities.com/kangaeru2002/toukei.html

1960年代の新聞をざーと調査で読む機会があって、調査と別に
はびっくりしたのは、一週間読むだけで3回も4回も、精神障害を抱えているひとが包丁もって暴れたとか、車で暴走したとかみたいな記事がかいてあって、おまけにそれについて有識者がそれについてコメントがあったり。

少年犯罪が「精神障害者」にそのまま置き換わった印象を受けました。いつ頃からかわからないけど「精神障害者」がそういことをしても記事にならなくなり。

それにとって替わられたのは少年だったのかもしれませんね。
長くなってしまいました、なにか思考のきっかけになれば幸いです。
Posted by nobuhiko at 2003年12月07日 02:18
少年犯罪については、昔新聞の記事データベースと、実際の犯罪件数を付き合わせてみたことがあります。相関関係はまったくみられなかったというのが事実です。

非常に悲しいことですが、メディアが創り出すブームによって問題が誇張され、そしてそのブームが問題を忘れさせることにつながっているのかも知れません。

北朝鮮問題もそうかも知れません。言ってみれば15〜30人の方に関する問題が、ここまでクローズアップされ逆に被害者の方にとって迷惑ともなっているように見える今の事態には閉口するのみです。

無論、北朝鮮問題も非常に重要な問題ですが、問題としたいのはメディアのアンバランスです。北朝鮮問題が重要になればそればかりを追い求め、少年犯罪が脚光をあびればそればかりを追い求め、こういった商業主義丸出しの姿勢は私は嫌悪感を抱きます。

メディアは特権を持っています。ある程度かも知れませんが世論を操作出来る力を持っています。それらが商業主義を前面に押し出してしまった瞬間に、非常に危険な何かが生まれると思うのです。
Posted by cotton at 2003年12月08日 08:19
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