2003年12月03日

人生の転機。

人生にはいくつかの転機がある。雨の日も有れば晴れの日もある。使われなかった可能性はいつしか色あせていくが、しかし逆に、使われた可能性は私という人間を創り出していく。 私のこれまでの短い人生においても、選べる転機は多く訪れてきた。今日コーヒーを飲むか飲まないか、にはじまり、人生の岐路に至るまで、その全てに対して、私は自分自身の置かれた状況と自分自身が持っていた状況を照らして判断を下してきた。もちろん、転機には選べない転機がある。流れに流されるように人は、ある一つの方向性に吸い込まれていくこともある。ただ人は、それに流されることもあるが、逆にその流れを変えようとすることも出来る。自分で選べる選択を、自ら創り出すことが出来るのである。

 私は、流れを否定することによって今まで生きてきた。落ちていく流れに逆らい、あがくことによってここまでやってきた。あがくことによって失ったものも大きかった。流れに逆らうことによっていくつもの犠牲を払ってきた。流れに逆らうことはリスクとなる。流れに取り残されることもある。しかし木の葉のように流されていく自分の人生の中で、あがき続けることも一つの美であると思っていた。私は私にもたらされなかった可能性に、私から向かうことでそれを自分の可能性にしてきた。たえず自分を不確実な状況に追い込み、追い込むことによって前に進むことが出来た。
 
 今日、私は一つの書類にサインをした。自分の今後10年間くらいに影響を与えるのではないかと思われる書類だった。10年間とは言わず、多分一生ついて回るであろうほどの影響を与えると思われる書類であり、しかし唐突に私の前に現れた書類でもある。
 この書類は、私の言う流れの否定によって生まれた。私の流れに終止符を打とうとする感情から生起した可能性の結果として生まれた。それは最初は小さな可能性であったが、しかしいつのまにか大きな可能性となり、いつしか私の人生に莫大なる影響を与えるに至った。

 ここにまた、使われなかった可能性が生まれた。私が選べたはずの運命の多くが、その瞬間消え去った。自分は確かに進むという決断を下した。それによって多くの、まだ見ぬ自分と自分の環境が実現しなくなった。決断、という行為には決断されなかった選択肢の犠牲を伴う。私は今日、自分の中の大きな流れにまた影響を与え、自分のこれからの進路を大きく転換させた。はたしてそれがもたらす結果がどうであるかは分からないが、しかし私という人間はまた新たな流れに乗り、またその大流に流される木の葉となった。

 いまはただ、その事実だけを残そうと思う。
タグ:就職 転換 決意
posted by Cotton at 00:58 | Comment(3) | TrackBack(0) | 雑感(diary) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おめでとうございます!もうここでは当分どろどろした文章はお目にかかれなさそうですね〜(笑
Posted by ikegai at 2003年12月03日 23:03
ふふふ。さらにどろどろとしたものが登場してくるかもよ(笑)
Posted by cotton at 2003年12月04日 13:50
確かに!(笑)引き続き知的にエグいの期待しております。
Posted by ikegai at 2003年12月07日 04:55
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