2004年04月10日

フリート(その2)

「フィクションです。一年ぶりに続きを、、(笑)その1はフリートで検索してください」

3
私は気付いたのだ。
有りとあらゆる私の周りに存在するものが虚構であったことに。呆然と眺めてみると、私の周りの全てのものが私には全く関係のない世界のものとして認識されたのだ。旅に出よう。その一言を発してから、私の中で何かが変わった。それはあまりの突然に変わったのではなく、自分の中の内面に潜んでいたものが、何かの拍子で私の殻を突き破り、表層にわき出てきただけの変化であった。

漠然と思い悩んでいたものの全てを、自分は表現するための行動に出ようと決意した。
自分の構成しているものと自分の周りで起こっていることの間の大いなるギャップを遂に認知するに至り、ただ流されるだけの人生であった自分の存在を大きく変えようとする行動を遂に起こせるにいたったのである。

私の周りはあまりに硬直していた。ルーチンワークと化していた日常に、自らまでもが埋没していた。
直ちに私は動き出した。今まで築き上げてきた自分の小さな小さな城をたたき壊すことからそのムーブメントは見い出され始めた。

本を焼いた。
バイトを辞めた。
貯金を下ろした。
携帯電話をたたき壊した。

自分の存在を見いださせるもの、社会が私に与えたものを否定しようとした。

運転免許を切り刻んだ。
印鑑をゴミ箱に捨てた。
電気カミソリを壁に投げ壊した。

私の周りにあったもの全てを叩き壊し、自分は自分と言うもののために生きようと動き始めた。


服を脱ぎ捨てることの出来なかった自分は、多少の着替えとテントやらをもって、いつもとは違う目的地に漕ぎ出したのである。いつもの交差点を、今日は曲がらなかった。ペダルをこぐ足はいつもとは違う方向を向いてた。信号などは守らなかった。クラクションなど気にしなかった。
自分に立ちはだかる障害は、避けるものではあっても守るものではなかった。

長く、直線に続くウルサい逃避のための道を私は永遠とこぎ続けた。
私にとっての昼間は、行く千万の太陽に照らされたコンクリートだった。
けたたましい音をまき散らしながら通り過ぎていく太陽、足下しか照らすことの出来ない太陽の下、私は走り出した。

まぶしく、力強い太陽の下になれていない自分には、そのくらいの太陽が丁度良かったのかも知れない。ただ懸命に漕ぎ出した、漕ぎ続けたその感情の爆発の連鎖の瞬間は、私に今まで体験したことのない幸せを届けてくれた。


既に私は、今まで来たことのない場所にいた。まだ見たことのない場所に来ることが出来ていた。
だいぶ走ったのだろうか。どのくらいの時間が過ぎたのだろうか、まったく自分には分からなかった。

ただわかっていることは、自分は自分の生活のつてを全て叩き壊し、いくらかの借金をして逃げてきたと言うことだけだった。もちろん、このまだ見たことの無かった大地は、いままで暮らしていたところと何の代わり映えもしない都会であったが、しかし、私の心持ちだけは、いままでとは明らかに違っていた。

どうでも良い心境と、初夏の暖かさに助けられて、私はいつの間にか、道ばたで眠りこけた。
遠くでクラクションの音が聞こえる。道ばたの草むらはもしかしたら四畳半より心地よいかも知れない。
感情の爆発がもたらした肉体的な疲れが、私にどっと訪れた。自転車もってかれないよな。なんて考えながら、暗闇に襲われた。



自分は夢を見た。それは非常に単調な夢だった。自分はのび太くんになっていた。いつものように部屋に帰ると、そこにはドラえもんの書き置きが残されていた。私は淡々とその手紙を読み上げ始めた。まるでテレビで見ているかのように、ドラえもんの声でその手紙の朗読が始まった。
ドラえもんはのび太くんに別れを告げていた。今までののび太くんとの冒険やら、思い出やらを感情的にのびたくんに語りかけていた。
なぜか自分は涙した。それこそいままでにないくらいに、とうの昔に忘れてしまったくらいの勢いで、赤子に立ち返ったかのごとく、
ドラえもんとの別れを悲しんでいた。



夢が覚めると、太陽があった。まぶしい太陽。ひさかたぶりにみる本当の太陽。
結局物語としては頼りないほど道ばたの雑草は美しくなかったが、とりあえずまた漕ぎ出してみることにした。

手元にあるのは54万5432円。果たしてこれでどのくらい食いつなぐことが出来るのだろうか。
少なくとも小学生の家出よりは食いつなぐことが出来るのは分かったが、その後どうしようかという現実的な問いが、私を縛るのであった。

結局、ゆったりと自転車をこいではいるが、別にどこに行く当てもない小学生の家でのような自分の御乱心は、わずか20時間後には「生きる」という人間誰もが縛られなくてはならない束縛によって現実にタタキ戻されていることに気付くと、もはや失笑以外に自分に出来ることはない。小心者の自分は、一日250円だと2000日近く生きられるのかと妙に安心しながら、とりあえず自然のある方向に向かってみるのであった。

しかし、都会は自然に遠い。いくら漕いでも自分の求める自然にたどり着かない。都会というからには自然がないのは当たり前だが、しかし実際に自分の足で、つまり文明の力にたよることなく移動してみると、社会というものの恐るべきでっかさを身にしみて感じる。

ためしに通り過ぎていく建物の数を数えてみたが、100を超える当たりであきらめてしまった。東京都の人口が1200万人らしいが、1200万人というのをちょっとだけ実感した気がした。1200万人もいればこんな年になって親もいないのに家出する馬鹿が一人ぐらいいてもいいんだろうなぁと、それこそ馬鹿なことを考えてみたりする。

いい加減疲れてくる。おなかも減ってきたし、そういえば何も飲んでいない。
あの感情の爆発から自分は何も食していないことにふと気付いて、次のコンビニに入ってみようと思う。

なぜか「自分の店」の意識があるこのチェーン店。働いていたときはいつもこの店を選んで入っていたのだが、今日もまた入ってしまった。同じ様な内装とおんなじような機械に商品。今日は水曜日だから、ということはあの雑誌の発売日、あと新しい商品が届くらしい。分厚いマニュアルに教育された猿は、やはり猿のような思考回路になってしまう。まったくもっていままでの考え方と同じ。

所詮猿は猿なのだが、これほどまでに単細胞の自分を冷静になってみてみると、それこそ恥ずかしさを通り越して虚しくなったりする。まぁ、そんなことを言っても始まらないので、食パンと砂糖500グラムを買う。安い食べ物と、多分疲労に良いんだろうと思われる糖分。

これ以上に安いものはないだろうと意味の分からない納得の仕方をしながら、外用の蛇口から水を飲みまくる。それこそ飲みまくる。ほんと飲みまくる。気持ち悪くなるくらい飲みまくった。美味しい。別にスポーツドリンクなどいらない。よくわからない幸せが自分を襲う。

天気はいい。適度な疲労感もいい。心地よい風も通りすぎる。食パンを食べようと思ったが水を飲みすぎて気持ち悪い。コンクリートの壁に寄り添いながら、自分の意識はまた薄れていく。


また、自分は夢を見た。頭にタケコプターをぶっさされた自分は、苦しみにもだえながら空に旅立っていた。クビが引きちぎれそうだった。頭に釘をぶっさされて無理矢理飛ばされているような感覚がした。自分は痛さでまったく見えないが、しかし地上は眼下に広がっていた。そして私は、導かれるままに曲芸飛行をした後、墜落してバラバラになった。


気付くと、起きていた。というか夕方になっていた。コンビニの前でぼけっと寝ている自分を、何人のまっとうな人間が通り過ぎたのだろうか。一人くらい声かけろと思いながらも、すっぱだかで倒れていても誰も声をかけない日本なのだからそれも仕方ないかなと思う。

むかし品川駅ですっぱだかで泥酔している男を見たことがあった。正確には、すっぱだかで泥酔している男とそれにまったく注意を向けないあまたの人間達を見たのを思い出した。そりゃすっぱだかでぶっ倒れているのにかまうほど世の中の多くの人は暇がないのかも知れないが、だけど少しくらいは目を向けても良いじゃないかと思った記憶がある。

その時はおまわりさんを私が呼んだ。というか、おまわりさんによっぱらいが倒れているとだけ告げて立ち去った。基本自分もそんな意味の分からない状態に巻き込まれたくはないので、自分は違うと言うことさえ表現出来れば良かったのかも知れない。

まぁ、食パンをかじりながらそんなことを考えて、また自転車に飛び乗ることにした。


とりあえず、歌ってみる。「線路は続くよどこまでも、いってみたいなよその国〜〜」って、その先の歌詞が分からない。チューリップの歌を歌ってみる。「さいた、さいた、赤白黄色、どの花みても、綺麗だな」しかわからない。

はたからみたら精神異常者なのかも知れないが、実際精神異常者なのだからかまうことはないだろうととりあえず歌ってみる。

たまに駅のホームで見たあの独り言ばかり言っていた人を思い出した。歩き方も変だし、何言ってるのかも全く分からない。そいつは、意味が分からないくらいはカオスな変人だった。

その気持ちも分からないでもない。現に自分はこうして歌っているし。これはこれで結構楽しいものだ。どうも自分は音楽の授業で聞いた歌ばかりを歌っているようだが、そんなことは気にしない。これはこれで良い歌なのだから。


いつの間にか山が近づいてきた。遠くに高尾の山が見える。のんべんだらりと進んだ割にはわりとすぐに八王子を抜けそうだった。とりあえず、川があったのでそこの河川敷にちゃんと我が家を立ててみた。どっから見てもテントだ。二万円の家よりは見劣りするが、優雅な環境を考えたら別に是でも良いんじゃないかと考え始めた。

こういうとき、たぶんありがちなパターンとしてはたき火をするのだろうが、それだとありがちすぎるのでもうちょっと違うことをしてみたいと思った。家出、テント、とくると、次は主人公の回想シーンだろうか。まぁ、どうでもいいや、寝ることにしよう。

よく寝た。だいぶ寝た。あまりにも居心地が良かったせいか、すごくよく寝た。
だけどあまり起きる気はなかった。よくよく考えてみたら別に自転車で逃げてきたからといって追ってくる輩はいないのだから、このまま過ごせばいいのだろう。と思った。どうも河原は本当に快適なので、しばらくここにいても良いかもと考えてしまった。もうちょっと目立たない草がぼうぼうに生えている橋の下に移動すれば、それこそだれもこなさそうだし、緑色のテントは見つけにくいし、まぁボケっとするには一番だろう。

不思議と腹が減らない。食パンは食べ終わったが、別にそんなに腹は減らない。三泊目をここで過ごすことにしたのだが、この砂糖というものはなかなかくせ者で本当に腹を満たしてくれる。川の水もいちお今のところ飲めているし、これから夏になるということもあってむしろ心地よい。

まぁ、寝る以外にすることがないことをのぞけば、優雅な生活なのかも知れない。
基本、逃げる前と逃げた後で変わったのは、働いているか働いてないかの違いになってしまうのかもしれないが、しばらくは別に必要性もないのだから、ここでぼけっとするのもいいのだろう。

別に行くところもないのだから。

(つづく、、のか??)
posted by Cotton at 14:25 | Comment(5) | TrackBack(0) | 文学(composition) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大好き。
Posted by AZZIE at 2004年04月12日 11:59
パートワンから、急展開ですね。



読んでてそわそわしました。
Posted by POE at 2004年04月23日 15:19
自己満足な文章を読んでいただいて光栄です。。m(==)m

AZZIEさんPOEさんありがとうございます。



あれ?POEさんって、もしかして英語の授業で一緒だった方?
Posted by cotton at 2004年04月24日 10:11
そうです。(なんでわかったんですか)



アドレスを教えていただいてから、ちょくちょくここは覗いてたんですけど、今までコメントするタイミングがつかめなくて。
Posted by POE at 2004年04月24日 12:54
おぉ、それは光栄です。

これからもゆったり書いていきますのでよろしくお願いしまする。m(_ _)m

一度どっかで食事でもしましょう〜。
Posted by cotton at 2004年04月25日 10:16
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