そして、それは単に軽工業生産の生産性を爆発的に向上させるだけではなく、大英帝国が鉄製の蒸気船を大量生産し、安価な石炭を使うことでそれらを恒常的に世界で運用させることを可能にした。その結果、大英帝国はその軍事力と国営の海底通信ケーブル網による情報力により、世界の資源、市場、情報を思うがままにした。イギリスは全世界に植民地網を張り巡らせ、世界に君臨したのである。
豊富な移民労働者はろくに言葉も話せないものも多く、教育レベルも低く、しかしその一方でやる気と熱意、情熱にあふれ、退路を断ち、豊かさを追い求める盲目的な労働者であった。
テイラーに「愚か者達」とすら言われた彼らは、しかし欧州の怠惰であったり、プライドの高すぎる職人たちと異なり、純粋で、実直で、新しく生まれた大量生産の時代の糧となり、必死で働き、圧倒的な生産力と低コストをもたらした。そこに、大陸における石油の発見と、それを使う内燃機関の発達が、イギリスの終りを告げ、アメリカの時代をもたらした。
先進国市場は急速拡大の時代から安定成長と需要変動時代へのと移り変わり、その移り変わる市場の需要に柔軟に対応出来る生産方式が求められるようになった。そして、ものが無い時代から、良い物がない時代へと時代は進化し、一つ一つの製品の品質の高さが評価され、そして求められる時代となった。
中東でのエネルギー開発はその島国にアメリカ及び欧州に頼らないエネルギー源確保の道をもたらした。それはメジャーに支配されているとはいえ、マラッカ海峡を越すだけで日本に訪れる、利益と売上しか追求しない人達だからである。
エネルギーを得た日本は、過去よりも可変的で、しかし現代よりも安定的な時代に、いわゆる「日本的経営」「トヨタ方式」と言われる生産性革命を実現し、新たなパワーシフトをもたらした。戦後数十年でその日本といわれる国は世界第二位の大国へとのしあがり、70年代の後半から90年代の前半にかけて、誰もがその秘密を学ぼうと躍起になった。
その秘密は、世界を多くの分野で簡単させた。TOYOTAはカローラで壊れないという高品質をアメリカにもたらし、SONYはトリニトロンでテレビの新たな地平を築いた。SHARPは計算機の重さを再定義し、SEIKOとCITIZENは時計に異次元の正確さをもたらした。CANONとNIKONは二眼レフを駆逐し、KAWASAKIやYAMAHAはバイク乗りのステータスとなった。
戦後、ブリキのおもちゃと安かろう悪かろうから再スタートした日本は、産業の核である重化学にはじまり、造船、製鉄、自動車、半導体、家電、などあらゆる分野でその一時期世界を席巻した。そしてそれを非効率に国内にばらまくことで生産性の向上の伴わない高度経済成長を実現していった。
しかし、70年代後半に始まった新たな時代の常識が、国と国との対立という構図を少しずつ変え、それらは生産性革命によって世界の一流国にのし上がった日本という国の優位性をそぐための下準備を始めていた。そんな中、日本の圧倒的な貿易黒字に対する各国からの圧力は85年の屈辱的なプラザ合意受け入れという明らかな転換点につながり、その後の急速な円高は約10−15年の長期的な流れとして現地生産と途上国への生産移転のトレンドに帰結、日本製品と日本企業の活躍が必ずしも直接的に日本国の経済成長と繋がらない構図をもたらしたのである。今、企業の形は三十年前とは大きく違う。
Twitterには書いたが、世界はひとつになり、国際分業がまさに現実となりつつある。30年前の常識はもはや通用しない。新しい戦略が求められる時代なのである。
例えば、IntelのCPUの生産の一例を見ると、原材料をアフリカで手に入れ、日本でインゴットに加工し、それを(時には韓国で)ウェハーにした後、米国で半導体素子に加工し、フィリピンで回路組み付けを行い、メキシコで保管と検品をした後、中国でPCに組み立て、西欧で売り、東欧でサポートするようなことが平気でおきている。
イギリスのスーパーマーケットで生鮮食品(野菜と果物)の生産国を見れば、アメリカ、ブラジル、メキシコ、プエルトルコ、アイルランド、スペイン、フランス、南アフリカ、エジプト、モロッコ、ヨルダン、ギリシャと、それらが世界の国々からやってきていることに気付くだろう。
米国でAV市場の主戦場である薄型TVでシェアトップに躍り出たビジオは、コールセンターを入れても社員数はわずか150人強、日本、韓国、中国などの「下請け」業者を活用することで、わずか五年で年商19億ドルの事業を作り上げたという。
BMWの元自動車設計主任が起こした会社は、社員数50人にも関わらず400億円以上の資金調達に成功し、トヨタやVWなどの下請け約80社の技術を活用することで最先端のプラグインハイブリッドカーを設立からわずか三年で完成させ、それの販売をこの夏にも開始する予定だ。
このようなグローバル化に寄与したもの中でも、下記のものは寄与がとても大きいだろう。
第一に、ロジスティクスの発達である。50年代の苦闘を経て、60年代からジェット機による旅客大量輸送が始まった。そして、60年代終りには各種輸送船の規模が大きく拡大し始め、70年代からはコンテナ船とコンテナ港の発達がさらに世界を一つにした。高速船は20ノット(約時速32キロ)という高速で、数千個のコンテナを「瞬時に」移送する。全世界のコンテナ港は互換性を持ち、数分で一つのコンテナを積卸することが出来るようになったことは、大量輸送の欠かせない背景となった。
第二に、通信の発達である。無論、大英帝国が可能性を見出した国際通信網はすでに欧州、北米、西アジアをつなげていた。しかし、60年代中盤に太平洋横断ケーブルが音声128回戦という規模で開通したのを皮切りに、全世界的に容量の拡大が急速に進む。衛星通信に頼らない光ファイバー網の発達は通信コストを大きく下げ、コミュニケーションの密度を大幅に高めた。今、数百GBの回線が数本通り、個人であってもアメリカのウェブサイトからほぼ無料で動画コンテンツを一瞬で手にいれることができるのは周知の事実で有る。
第三に、金融市場の整備と自由化の流れである。これは詳しく説明する必要はないだろう。
そして第四に、WTOをはじめとする西欧諸国が推し進めた貿易自由化の流れもあまりにも重要だ。
最後に、今後十年でさらに進む可能性があるのは、人の移動の自由化である。これは現在の不景気により方向性が不透明になりつつあるが、これもこれまでの流れからすると、少なくともお金を持つもの、才能を持つものにとっては、自由度が高まっていくのは明確なのである。
ここにあげたような、ひとつひとつの国ではどうしようもない、人間社会基盤の長期的な進化により、私は日本の優位性と覇権が色あせていくのは避けられない流れとなりつつあるのだと考える。
だが、別にイギリスがその後終わったと言うことは全く無く、アメリカが終わったと言うことは全く無い。そして、日本が終わるということも私はないと思う。イギリスはいま苦境にあえいでいるとはいえ、金融の発達と国内消費の拡大により近年まで着実に成長していたし、アメリカの製造業雇用はこの三十年以上減り続けているが、しかしソフトウェアやメディアなどアメリカが世界に覇権を唱え続けている産業は依然として数多い。
ただ単に、かつてのイギリスのように、かつてのアメリカのように、経済のほぼすべてにおいて日本がボロ勝ち出来たような状況が終りつつあるだけなのである。
その一方で、日本は各国との争いの中で稼げなくなっているにも関わらず、無い袖を払いながら見通しの見えない公共事業による経済成長を目指している。しかし、それが無理なのは明白だ。
さて、では日本の産業はどうすればいいのだろうか。戦後、ブリキのおもちゃと安かろう悪かろうから再スタートした日本は、産業の核である重化学にはじまり、造船、製鉄、自動車、半導体、家電、などあらゆる分野でその一時期世界を席巻した。そしてそれを非効率に国内にばらまくことで生産性の向上の伴わない高度経済成長を実現していった。
Twitterには書いたが、世界はひとつになり、国際分業がまさに現実となりつつある。30年前の常識はもはや通用しない。新しい戦略が求められる時代なのである。
例えば、IntelのCPUの生産の一例を見ると、原材料をアフリカで手に入れ、日本でインゴットに加工し、それを(時には韓国で)ウェハーにした後、米国で半導体素子に加工し、フィリピンで回路組み付けを行い、メキシコで保管と検品をした後、中国でPCに組み立て、西欧で売り、東欧でサポートするようなことが平気でおきている。
イギリスのスーパーマーケットで生鮮食品(野菜と果物)の生産国を見れば、アメリカ、ブラジル、メキシコ、プエルトルコ、アイルランド、スペイン、フランス、南アフリカ、エジプト、モロッコ、ヨルダン、ギリシャと、それらが世界の国々からやってきていることに気付くだろう。
米国でAV市場の主戦場である薄型TVでシェアトップに躍り出たビジオは、コールセンターを入れても社員数はわずか150人強、日本、韓国、中国などの「下請け」業者を活用することで、わずか五年で年商19億ドルの事業を作り上げたという。
BMWの元自動車設計主任が起こした会社は、社員数50人にも関わらず400億円以上の資金調達に成功し、トヨタやVWなどの下請け約80社の技術を活用することで最先端のプラグインハイブリッドカーを設立からわずか三年で完成させ、それの販売をこの夏にも開始する予定だ。
完成財で勝つ企業に求められるものは大きく変わりつつある。これまで複雑と考えられていた商材のコモデティ化がものすごいスピードで進んでいる。
第一に、ロジスティクスの発達である。50年代の苦闘を経て、60年代からジェット機による旅客大量輸送が始まった。そして、60年代終りには各種輸送船の規模が大きく拡大し始め、70年代からはコンテナ船とコンテナ港の発達がさらに世界を一つにした。高速船は20ノット(約時速32キロ)という高速で、数千個のコンテナを「瞬時に」移送する。全世界のコンテナ港は互換性を持ち、数分で一つのコンテナを積卸することが出来るようになったことは、大量輸送の欠かせない背景となった。
第二に、通信の発達である。無論、大英帝国が可能性を見出した国際通信網はすでに欧州、北米、西アジアをつなげていた。しかし、60年代中盤に太平洋横断ケーブルが音声128回戦という規模で開通したのを皮切りに、全世界的に容量の拡大が急速に進む。衛星通信に頼らない光ファイバー網の発達は通信コストを大きく下げ、コミュニケーションの密度を大幅に高めた。今、数百GBの回線が数本通り、個人であってもアメリカのウェブサイトからほぼ無料で動画コンテンツを一瞬で手にいれることができるのは周知の事実で有る。
第三に、金融市場の整備と自由化の流れである。これは詳しく説明する必要はないだろう。
そして第四に、WTOをはじめとする西欧諸国が推し進めた貿易自由化の流れもあまりにも重要だ。
最後に、今後十年でさらに進む可能性があるのは、人の移動の自由化である。これは現在の不景気により方向性が不透明になりつつあるが、これもこれまでの流れからすると、少なくともお金を持つもの、才能を持つものにとっては、自由度が高まっていくのは明確なのである。
ここにあげたような、ひとつひとつの国ではどうしようもない、人間社会基盤の長期的な進化により、私は日本の優位性と覇権が色あせていくのは避けられない流れとなりつつあるのだと考える。
ただ単に、かつてのイギリスのように、かつてのアメリカのように、経済のほぼすべてにおいて日本がボロ勝ち出来たような状況が終りつつあるだけなのである。
その一方で、日本は各国との争いの中で稼げなくなっているにも関わらず、無い袖を払いながら見通しの見えない公共事業による経済成長を目指している。しかし、それが無理なのは明白だ。
経営者が叩き込める打ち手もゴロゴロあるはずだ。
個人が選ぶべき、選べる道もそこら中にあるはずだ。
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