2010年05月21日

小さな国の人々にとっての語学と、日本人にとっての語学。


 先日トルコ旅行をしたのだが、トルコ人の、しかも日本語をちょっとでもちゃんと話せる人に必ず聞いた質問が一つある。

「日本語はどこでどのくらい勉強したのですか?」

 恐らく10人以上には聞いたのだが、六ヶ月以上勉強した人は一人しかいなかった。その一人は日本に留学したというので話せるのは当然と言えば当然なのだが、一番驚いたのは大半の人々が語学学校にちょっと、または独学だったということだ。ただ、彼らに共通していたのは、その期間中はかなり本気で勉強したと言っていたことだ。命をかけていたのである。

なぜか?恐らく答えは簡単で、それがお金と人生に直結しているからであろう。




 途上国の住人、特に観光産業に従事する人間にとって、英語を話せないことは死に等しく、それ以外の言語も話せることはかなりの差別化要因になる。その言葉を話せることによって特定のセグメントに対しての魅力度がものすごく上がるので、自ずと勉強することに対する真剣さは高まる。

 これは先進国でも比較的小さな国であれば同じである。北欧諸国は人口数百万人の国だらけで、国外市場にアクセスできるかは企業の死活問題となる。韓国も、3000万人の人口があるにせよ、輸出産業の重要性や、国内市場の小ささを考えると英語の重要性は相対的に高い。

 日本でも、そんな例はある。前回帰国時に築地市場の中にある有名な寿司屋(二軒隣合わせの片方)に韓国人の友人と行ったのだが、ものすごくびっくりしたことは列の整理をしているおばちゃんがカタカナ発音の英語で商品を説明したり、列の整理をしており、そして寿司職人の皆様は英語だけではなく、中国語や韓国語の単語でネタの説明をしていたことである。その時もお客さんの四割ぐらいは外国人で、そのような状況で話せないと言うことがナンセンスな状況になっていたという事情なのだが、それが自分にはとても新鮮だった。(ナンセンスな状況でも頑なに英語を話そうとしないフランス人的な選択肢ももちろんあるが(笑))

 これから、中国人の皆様の個人旅行がさらに自由化されると、今以上に、例えば銀座の売上は観光客の人達に依存するようになるだろう。北海道のスキー場や、別府の温泉街にとっては死活問題となり得る。そして、もし、さらに日本経済が右肩下がりの収縮を続けるようであれば、日本国内でドメスティックに生きていくことを選ぼうとしても、外国語を話せることが収入に直結するようになっていくのだろう。

 イスタンブールでは、小さな子どもたちが、「This is only 1 euro. Where are you from? Japan? Please buy!」と必死に商売に勤しんでいる。大人たちは、家族のために英語以外の言語を必死で習得している。

 六ヶ月の語学学校(または留学)は人生をかけた決断であり、それによって語学力が向上しないなどと言うことは、必死でお金を貯めた自分にも、それをサポートしてくれた家族にも何の言い訳も立たない結果なのだろう。

 日本は、恵まれた国である。昨年も、世界第二位の経済大国の地位を保持し、今年も恐らく三位であるといわれている。40年間世界の第二位に君臨し、そして少なくとも次の20年は三位を保持すると予測する推計も多い。

 観光業が国内市場に注力し、語学が無くとも技術で売れる製品で生きてくることが出来た日本人が、英語が充分に話せないというのは腹落ちする状況である。

 しかし、外国語が外に出るために不可欠だっただけの時代が終わり、外国語が中で生き残るためにも不可欠な時代になるのかも知れない。

 未来は分からない。
 しかし、僕らの子供の世代なら、その答えは見えているように思える。


posted by Cotton at 07:02 | Comment(4) | TrackBack(0) | 旅行(Travel) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも興味深く拝見してます。当方バリバリの内需型企業ですが、最近国際化・英語必須となり、当初は無視してましたが、こちらのブログ、特に『構造的に不可能な挑戦』等を読んでショックを受け、真剣に勉強を始めました
食わず嫌いだっただけで意外と行けるかも、と思っています
Posted by ドメスティックビジネスパーソン at 2010年05月25日 16:31
返信遅れ失礼しました。コメントありがとうございます!私もまったく話せないところから8年かかりました。気長にほのぼの続ければとばっちりかと(^^
Posted by cotton at 2010年06月11日 07:47
Twitterから来ました。私も昨夏、モンゴル視察に行った際、日本語が流暢な学生らにたくさん会って、どうやって勉強したか聞いたら、「普通に学校の教科書で読み書き中心にやっただけ」だと。。

外国語を一言語覚えると年収が倍になるとかで、本気度が違っていたことに驚きました。

やはり、語学習得は方法論でなくて本気度なのですね。
Posted by DSKJAPAN at 2010年08月28日 01:20
こんにちは。そう、本気度ですよね。

私もドイツに転勤したときは完全に追い込まれて本気の本気で生き残るのに必死でした。日本人にもそういう時代が来てしまうのでしょうか。。。
Posted by cotton at 2010年08月28日 08:48
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