(門外漢なので明らかな認識の誤りはご指摘ください)
感覚論ではあるが、東電がもはや本体のみで、現状の体力で今後予想される賠償請求に対応できる可能性は限り無く低いと考えている。恐らく1−2兆円に関しては本体で充分に保証が可能であるとは思うが、今回、原発で発生した事故はそれで到底収まるような規模ではないと考える。
では、負担できないとした場合にどのようにこれを負担すればいいのだろうか。国有化し、国民の税金によって東電に負担できない分を国家が負担するというのが単純な答えだろう。東電をこのままの形で存続させることにより、超長期的にこの負担を株主配当、または再上場による収益から回収できると説明されるだろう。
ただこの策は、諸処の状況を鑑みるに、私は推奨できない。
東海村で半径350mに数日間のみの避難勧告が出て、3名が重度の被爆、2名が死亡、667名が被爆した例で150億円。 チェルノブイリの放射能汚染と今回公表されている放射能汚染の状況を照らし合わせると、数十年単位で立ち入りが出来ない地域は広大な範囲に及ぶおそれもあり、数兆円という単位は揺るがないだろう。
さらに、今後少なくとも数年間は原子力に対する「想定外」の抵抗感が国民全体に蔓延することを考えると、火力等別の電力に頼らざるを得ず、重油やLNG等の追加購入にかかる費用、休止中の火力発電の再起動コスト、追加のかつ伝書の新設コストなど、多くのコストが東京電力にのしかかり、もちろん一部は燃料費調整として消費者に転化されるだろうが、東電の利益率は大きく悪化する可能性が予測される。
その一方、既に直近でメルトダウンしそうな原子炉が全てメルトダウンしたと想定される現状において、次にもっとも恐ろしいメルトダウンは「国債のメルトダウン」である。災害復興を錦の御旗に、また箱物を復活させ、ただ単に物量を持って早期復興を図る余裕は、日本には無い。ましてや、さらに数兆円の国債発行をもしも無作為に行うことは、世論が許すところではない。この原発の件に関しては、出来る限り国費負担を抑えるべきと考える。
もちろん、東電がこれまで誠実誠意に事業を行って来たことが明白であれば話は少し変わるのかもしれないが 、これまでの歴史を振り返るにそうとは言いがたい側面があるのは多くの方々が同意されることであろう。
これは個人の責任に起因することではなく、組織の構造に起因することであるから、経営陣の首をすげ替えたところで何も変わるものではない。逆にこの機会を活かして、抜本的な改革を断行し、次世代のエネルギー政策の起爆剤とすることが、政府には求められていると考えるのである。
ではどうすればいいのであろうか。私のプランは以下の通りである。
「東京電力管轄地域を電力自由化特区にし、東電を発電、送電、配電、補償清算事業団の4つに解体。発電のうち原子力は国有化、その他の発電事業は個別に特定規模電気事業者等に売却。送電は残りの8電力会社等に売却。配電は引き続き東電を主体とした事業者を残し、国と補償清算事業団が共同で保有する。」
まず、なぜ今回の原発事故の補償に伴う債務を補償清算事業団に分離するのか、これは今回の補償の規模が天文学的な規模になることを鑑み、これを東電単体の財務に計上することは、通常の業務運営をほぼ不可能と私が判断するからである(国が債務を肩代わりしない前提の場合)。一旦この債務を電力事業から切り離さなければ、 新たな資金調達は大きな困難を伴うであろうし、また新規の投資も財務的に難しい状況が続くであろうし、また何より母体に万が一の場合があった際に被災者保護に問題が生じる可能性があるため、この部分だけを切り離す必要があると考える。
しかし、そこで東電に責任が無くなるということでは勿論通らないだろう。今回の事態を招いた責任を取り、東電は解体される。これは他の電力会社に対する非常に大きなメッセージとなるであろうし、従業員の意識改革にもつながると考える。 そして、その収益を元に膨大な債務の返済に当てることが出来る。さらには、新しい形の電力行政の可能性にもつなげることが出来る。
第一に、発電事業は個別に特定規模電気事業者等にオークションで売却する。その際、原子力事業に関しては今回の事故の教訓を踏まえ、国有化する。無論、国が安全に管理出来るのかという疑問符が付くことは承知だが、この危険性が一つの企業の手におえないことは、もはや火を見るよりも明らかになっていると考える。そのため、原子力事業は売却対象としない。逆に、他の発電設備に関しては、東電の支配的立場を解体し健全な自由化を実現するため、全て売却対象とする。また、当面の間新規参入に対する障壁を今よりさらに大きく下げ、早い段階で電力供給が需要にたどり着く様に策を講じる。無論、海外企業の参入も認める。
第二に、送電と配電を分け、送電網は国の管理下で残りの8社の共同体、及び特定規模電気事業者等に売却する。送電と配電を分けることの意味は、発電事業者達が独占的立場を持つ配電事業者(この場合は東電)の圧力無く、自由に需要家に直接電気を届けることが出来る経路を確保する事に第一の意味がある。また、巨額に及ぶと思われる損害賠償の一部を他の電気事業者にも負担してもらうという意味もある。さらに、この基幹部分に万が一問題が発生した場合、大規模な供給支障につながることも、他の電力会社を含めた共同体に売却するという理由の一つである。そして、他の8社は発電事業者としてこの特区内で電力を販売することがもちろん出来るようになる(特に初期の電力不足を補うため)。少なくとも大口需要家との間には広義のスマートグリッドのコンセプトを導入することも出来るだろう。
第三に、配電網では東電を母体とした事業者を残す。配電網、及びその上の小売機能をも解体し、都県または、市町村単位で売却するという意見もあるだろう。しかし、通信や郵便と同様の議論で、電力のユニバーサルサービスという点を鑑みるに、個人的にはこの部分の自由化は慎重である。極端な話、山奥の電気料金(このケースでは配電料金部分)が著しく高く、個人の手に出ないというような状況は許容しがたい。また、この部分を残し、一定の利回りを保証できる形態とすることで、長期的に利益を補償精算事業団に送り込める部分を確保したい(逆に言うと、残念ながら、配電料金は補償精算事業が継続できる利回りを保証できる分まで値上げされる事を意味する)。これは既存の電力小売自由化の流れを妨げるものではないが、それを逆に促進するものでもない。
具体的にどのようにシステムが動くか。これは概念的には、日本卸電力取引所(
http://www.jepx.org/)を拡充し、これが東証のように全体の価格決定メカニズムを司り、需給管理を行う体制になるのであろう(現在この組織がその役割を担えるかは別問題として、どこかの機関がこの機能を独占する必要がある)。受給が逼迫すれば調達金額が上がる。さすればそのタイミングに電力を供給できる事業者は高い売却料金を手にできる。例えば太陽光発電などは夏の暑い日にはもってこいともいえる。また現実的には、小口の需要家はここで決まった日々の平均取引価格を元に電気料金の発電側を課金されるようになるのだろう。また、大口の需要家に対しても、もし特定の特定規模電力事業者が充分な電力を提供できなかった場合は、このグリットから別の特定規模電力事業者から、例えば市場価格において自動的に電力が供給されるような枠組みを整備する必要があるだろう。
配電会社として存続する東電は一つの需要家としてもこの取引所に参加することになる。この特殊な需要家に対して一定価格での優先購入権を与えるかどうか(一般家庭への定価安定供給を優先するかどうか)は議論のあるところであるが、個人としては特に特別な権限を与える必要はないと考える。 このような独占的な立場を背景に、この会社がコスト低減の努力をせずにただ単に価格を転嫁する可能性は否定できないが、まずは発電側の自由化からシステムを回し、その後に配電事業側のさらなる自由化も議論の俎上に載せることで、自助的な経営改善を促したい。また、現在の電力自由化の流れに鑑み、このようなシステムに大々的に移行するとなれば、現状の特定規模電気電気事業者がさらに大きく東電の既存顧客を獲得していく可能性もある。
さて、なぜ東京電力管轄地域だけを特区にするのか、そしてなぜ今なのか、それは至極単純である。このような抜本的な改革は現状のような特殊な状況でなければ出来ないからである。なぜならば、他の地域の事業会社は健全に事業を運営しており、それを例えば接収することは財産権の侵害に当たるし、また買収するにしてもその価格は膨大なものとなることが予想されるからである。通常の状況でたとえ電力を自由化しても、よほど上手く運営しなければ、現状の各地域の一般電気事業者が支配的な立場で各地域をコントロールする状況が目に見える。無論、現在支配的な立場の一般電気事業者はあらゆる手段を以てしてこのような変革には抵抗するだろう。結果、市場は上手く回らないと考える。この問題はこれまでの電力自由化の議論でも大きく出てきたと思う。
一方で、私は、東電はこのまま国が救済しなければ下手すれば倒産する可能性すらあると私は見ている。すなわち逆に言えば、上手くすればこの破綻するかもしれない組織を超低価格で購入することが出来、また国にしか出来ない制度改革によってその価値を高めることが出来る状態にある。
もし、この東京電力管内での自由化が成功すれば、他の地域において同様に近い施策を行った際にも、充分な競争力を持てる競争者が現れるのではないかとも期待している(東京電力の売上は5兆円超、関西の約2倍、東北、九州、四国を足したものより大きい)。
電力自由化を阻む錦の御旗は、これまでもこれからも安定供給であり、それが電力事業にとってもっとも重要であることは私にとっても疑いがない。しかし、少なくとも数年間、いや長ければ数十年に渡ってその安定供給が揺らいでいる東京電力管内では、「だから自由化しない」という論理は通らない。同じ不安定なのであれば、次世代につながる不安定を志向する意味があるとすら思う。
無論、このような極論が実現するとは私自身すら思っていない。恐らく様々な事情によりこういった改革はうまくいかないだろう。現実的な解決策は、もう少し落ち着いたものとなるのが予測できる。しかしながら、少なくとも、ただ単に「国が払う」では無く、新しい枠組みを冒険してもらいたい。そうでなければ、新たなメルトダウンの危機を呼び起こす気が、私はしている。
(不正確な点などあれば、建設的なコメントをお待ちしています。)
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東京電力が、動かす機会を狙っている柏崎刈羽原発と福島第二のいずれも、2007年の地震で火災を起こし黒こげになったり、福島第二の事故の手前で、運良く止まっただけの危険な原発です。修理費用も天文学的ですし、原子力に早く見切りをつけた方が日本のためだと思います。東京大学などの原子力工学は大変人気のない分野です。なぜなら、専門家ほど将来性がないと思っているからです。幸い、太陽光パネルは国内産業ですし、原発程度の代わりはあります。火力の代わりは今のところ無理だと思いますが。
あと、付け加えるならば、自由化の競争原理には私は懐疑的ですが、原発の電気を使いたくもないのに買わされる独占状態は良くありません(ご存じだと思われますが、無理矢理買わされて原発推進の資金に使われます)。他の選択肢ができるだけでも発電の自由化の意味はあると思います。送電についても、旧世紀の重厚長大型でない新しい発想が出てくることでしょう。東京電力は、発想の古さと、権力との結びつきでがんじがらめな事から、もそろそろ消えた方が良い会社だと思います。東電役員の被害者意識は、おそらく国に指示されてやっただけだと思っているところから来ているのだと思いますが、事故を真摯に受け止めるとも思えませんので、収束後、早期の解体が良いと思います。長文失礼しました。
大変難しい議論なので結論には至りませんが、効率性を追うことで、社会全体の利益が向上する方向に政策を進めつつ、それにより不利益を被る人に適切な施策が実行される社会にしていく必要があります。