昨日、大阪維新の会がダブル選挙に勝利した。改革色を打ち出しておきながら既得権益を握る各種団体との選挙協力を優先するあまりに身動きの取れなくなった政党や、中堅層がボコボコに落選して、政党の体をなさなくなっているあの野党など、まさに日本の停滞の遠因につながっている既存政党をシリ目に、きちんとした構想を軸に選挙に勝利した、近年では稀有な事例かと思う。
そこまで大阪の状況を熟知していたわけではないので、私も2時間以上の時間を使って、平松さんと橋下さんが対決した青年会議所主催の討論会を見てみた。その限定的な情報だけを元にすれば、その差は明らかだった。平松さんの優しさと言うか、人格は伝わってきたし、彼が悪い人ではないということはよくわかった。しかし、橋下さんの説明能力、論理能力など、一言で言えばディベート力は、日本の政治家ではもっとも英国の誇るキャメロン氏に近いといえるほど素晴らしかった。まさに平松さん本人も認めているが、その差は甚大であった。
逆に言えば、恐らく、極端な話をすれば、橋下さんのコピーを二人作って、平松さんと倉田さんの代わりに戦わせれば、今回の勝負は異なった結果になった可能性もあると考える。きちんとデータを元に、論理的に、例えば現状の東京都と23区の責任権限をめぐる混乱を元に相手を批判し、きちんとした市役所を中心とした改革案を具体的に言及できていれば、私もここまで橋下さんに肩入れするようなことはなかっただろう。
なぜか?今回選挙の争点として上がっていた大阪都構想は、まさにhowの選択の問題であったからである。
その討論で、橋下さんは本質をつく事を言われた。掻い摘めば、「どのような政治家も、世の中を良くしたい、人々の暮らしを豊かにしたいというビジョンは同じ。違いはそれをどのように実現するかという部分だけ」というような趣旨の事を言われていた。私もこれには大きく同意する。それ以上に、この日本にはこの、だれでも同じような結論に達成するWhatの部分だけを連呼し、微妙なさじ加減や、優先順位を付けなければならなくなるHowを意図的にか、戦略的にか、話したがらない政治家がいることが、大きな問題であると考えている。そしてそれ以上に、もはや政治屋に成り下がり、ビジョンのかけらもない御用聞きに徹している人間達に強い嫌悪感を覚えている。
例えてみよう。近年の国政選挙での民主党のマニュフェストには、うろ覚えだが、以下のようなことが書いてあった。
1 経済を成長させます。
2 財政 問題を解決します。
3 社会福祉を充実させます。
これはWhatである。この3つを達成しますとマニュフェストで公言している政党が、もし本当にこれを実現できるなら、誰も批判できないだろう。中の具体的な内容も、まぁよく考えてあるんだろうなぁと思える側面も幾つかはあった。しかし、どうもいつの間にか、これらを実行するHowのところで、ムダの削減、埋蔵金の活用、とまるでヘソクリが国家統治機構に眠っているような幻想ばかりに注目してしまい、結果としてそんなものが無いということに後から気づき、現状改革が頓挫のまっただ中にあることは皆様のご存知のとおりである。
そもそも、100歩譲って、昨年の事業仕分けで仕分けした一兆円近い事業をきちんと仕分けしても、今の構造では社会保障費が年に一兆円づつ増えているのだから、明らかにHowとして不足していることは理解して頂けると思う。子ども手当も、高速道路無料化も、高校の義務教育化も、もっと大枠の国家間を指導者層が理解した上での施策ならば意味がある可能性があったものの、指導者がその意味をよく理解しておらず、しかもコミュニケーション能力に難があったために、意味をなさず、愚策として闇に葬られてしまった。
一番重要なのは、Howなのである。そのHowにどれくらいの具体性、可能性があるかが重要といえる。日本は昔のように飛ぶ鳥を落とす勢いであった高度経済成長国ではない。もはや、国民全員の生活を、努力のあるなしにかかわらず優しく包み込んであげるような余裕のある国ではないのである。このような状況におけるHowには、間違いなく、優先順位をつけるという行為が発生するし、戦略資源が希少であるという前提に立った資源最適配分を実現するための全体戦略が必要となるのである。
それは、「官から民へ」でも良いかも知れない。「結果の平等から機会の平等へ」でもいいかもしれない。掛け声の可能性は無限大だが、しかし間違いなく、一本の太い屋台骨を持った全体構成の上に、細緻な戦略を練っていくまさに経営力が問われる。これはとても難しい。
例えば経営に例えてみよう。上の3つが何を行っていたかというと、
1減少傾向の売上を成長軌道に立て直します。
2 無借金経営を目指します。
3給与増額、ボーナスも支給します。
一億三千万人の従業員を抱え、売上が400兆円以上の企業の戦略として、このような事を言っていたのである。これを聞いた時、もし会社勤めをされている方なら、「どうやって?」がまず疑問に上がるのは間違いないはずである。このみっつを同時に実現することがどれだけ難しいか。この3つが同時並行的にできるような大企業は、全世界的にも稀である。まさに強者の戦術であり、通常簡単にできるようなことではない。結局、どこかに経営資源を集中させなければ、生き残れない企業が大半なのが現実なのである。どうやるのか?これが問題だ。
Howはとても難しい。特に日本の現状を鑑みえれば、政治家として自分のビジョンを示し、戦っていくことは本当に難しいだろう。何かを切らなければならない。何かを犠牲にしなければならないはずなのである。だから逆に言えば、それでも、Howを示して、ビジョンを元に、戦っている橋下さんのような人を私は高く尊敬する。例え、そのHowの先の結果が約束されていないとしてもである。
現状、そういう人達は本当に少ない。 残念ながら世の中の政治に関わる人間の大半は、零細中小企業 (選挙事務所)を抱えた悩める中小企業経営者であり、地道に、「お客様」のリクエストを処理して、日々の糧を得ていくことに集中するしか無い。彼らは国会議員たる政治家ではない。小選挙区の地元のお客様に、どこか見えないところにある黄金の国、カスミガセキというところからお金を引っ張ってくることを生業にする中小企業、「政治屋」なのである。
彼らがきちんとマーケティングをしているなら、興味深い事実に気付くだろう。彼らの主要顧客は、産業別に見ると、衰退産業。年齢別に見るとお年寄りであることが。数千万人の建設事業者やら、田舎に広がる農業従事者が彼らの主要顧客であり、このセグメントの一人あたり売上(投票率)もほかの非重要顧客に比べれば、極めて高い。所詮、彼ら政治屋にとって、国の方向性や、国家百年の計などどうでも良く、自分たちのお客様、目に見える人達の直接的な欲求が重要なのであるから、若者やIT産業のような、非重要顧客にマネージメントリソースを割いている時間はない。今現在、もちろん意識の高い政治家の方々もいらっしゃることは知っているが、政治の世界には政治屋の人達が跋扈していることを考えれば、おのずと、この政治屋の人達の業界団体である、「政党」が現実的に取り得るHowは見えてくる。
1 (what) 経済を成長させます。 → (How) 赤字国債ばんばん発行して公共事業すれば短期的にはカンフル剤だな。
2 (what) 財政 問題を解決します。 → (How) 適当に誤魔化して先送りすりゃあ、自分が死ぬ頃まではもつだろうよ。
3 (what) 社会福祉を充実させます。→ (How) こりゃめちゃ重要。バンバン良くして、どんどん払っちゃおう。もらったもん勝ちだぜ。
別にこういう発想になることは不自然ではない。世界でもいろいろな国でこういう現象は起きている。政治屋は、政治屋としてしっかりとした仕事をしているだけなのである。
だから、わたしにも、あなたにも出来るHowを、まずは着実に進めていかなければならない。
若者よ、世界に挑戦する企業家よ、選挙に行こう。
彼らが合理的に未来や成長に向けた議論ができるように、我々自身が行動しなければ、何も変わらないのである。
大阪には、私も少し勇気付けられた。日本は変われるかも知れない。破綻してしまう前に。
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